日記

「オーエン」という共同幻想

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いつまでもオーエンと思うなよ

 トランプ大統領が「フェイクニュース」という言葉を流行らせて久しい。それから現在までに「ファクトチェック」を自認する民間団体が世界中で増えた。これらの組織は今回の米大統領選でも活動しており、中にはメディアと連携した動きを見せるものもあった。

 一方で、ファクトチェックへの不満の声も少なくはなかった。その理由は、そもそもすべてのことについて、事実を完全な形で確認することは容易ではないということもさることながら、ファクトチェッカーが興味を持つものにだけ焦点を当て、しかも突然、何の事前通告もなしに、また事実確認の内容を第三者に確認してもらううこともなく、自分たちのファクトチェック結果を公表してきたからだ。

 こうした中で、ある会社のファクトチェック内容が逆にファクトチェックされるという事態が発生した。バイデン候補を「President-elect(就任前の次期大統領)」と呼ぶことが正しいかどうかについて、フェイスブックの資金を得てファクトチェックしてきたことで有名なPolitiFactが手がけた案件である。

 11月20日、PolitiFactは自社のファクトチェックが間違っているというキャンデス・オーエンス氏の申し立てをその日のうちに認め、同日中にファクトチェック内容を修正、11月28日にオーエンス氏自身がこの事実を発表した。

バイデン候補を“President-elect”と呼ぶのは間違い

 PolitiFactは、米国でファクトチェッカーとして活動している団体で、いわゆる自称ファクトチェッカーの一つだ。同社自身は「第三者的な立場のファクトチェッカー」としてフェイスブックにサービスを提供していると説明したらしいが、事実ではなかったようだ。最初は第三者的な立場だったが、活動内容が認められてフェイスブックから資金支援を受けたということらしい。

 すべての具体的な活動は公表されていないが、現在もフェイスブックが投稿内容のファクトチェックする際に、事実確認サービスを提供している模様だ。

 恐らく、こういった関係もあり、バイデン候補をPresident-electと呼ぶことが正しいという判断を下したのだと想定される。この呼び方に、トランプ陣営や同大統領の支持者、さらに憲法学者や米大統領選を研究する学者から批判が上がったのだ。

 こうした中で、ワシントンDCで、コメンテーターや政治アクティビストとして活動していたオーエンス氏が、弁護士を雇ってPresident-electという呼び方がファクトかどうか、ファクトチェックを行った。

 彼女は保守系の人間ではあるが、筆者の知る限り、トランプ支持者とまでは言い切れないと思う。ただ、彼女が中立的立場から行動したのか、それとも保守の立場から行動したのかは、現段階ではわからない。

 なお、彼女が発表した内容によれば、今回の動きは、彼女の不服申し立てに対して、フェイスブックが改めてファクトチェックを実施した上での結果である。

バイデン候補を“President-elect”と呼んではならない理由

 米国の大統領選は、日本人にはわかりづらいといわれる。日本には米政治の専門家も数多く存在するが、このような細かい制度まで研究する人は日本にはいないだろう。さすがに他国の話なので、そこまでする必要もないのも事実である。

 一方で、米国の大統領選挙が(1)一般投票で州ごとに選挙人を選び、(2)その選挙人が大統領をどちらにするか投票するという二段階形式をとっている以上、この制度を無視した発言は事実ではない。

 今回の大統領選で言えば、12月14日に選挙人が大統領と副大統領のペアを投票する。今、トランプ陣営が訴訟などを起こして揉めているのは、この選挙人投票を阻止するか、または一般投票の結果を逆転させることで選挙人投票を自分に有利にするか──のどちらかに賭けているためである。

 この選挙人による投票の結果は1月6日の下院で確定される。仮に12月14日にトランプ大統領もバイデン候補もどちらも過半数の270票を取れなければ、1月6日に下院議員が大統領を選ぶための投票をする。

 今の選挙結果によるドタバタは1月6日までの時限付きなのだ。

 従って、本稿執筆時点(12月2日)では、バイデン候補にPresident-electという表現を使うのは正しくないというのが、全米のほぼすべての憲法学者などの意見だと言うことができる。これは、トランプ大統領が訴訟しているかどうかは関係なく、仮に勝利宣言をしていたとしても同じである。

 では、なぜこれまではPresident-electという呼び方が許されたのか。前回の大統領選では、11月下旬の段階でトランプ大統領をPresident-electと呼んだメディアがあった。これは2008年の選挙で勝利したオバマ前大統領も、2000年に勝利したブッシュ元大統領も同じだ。

 その答えは、今回と違って、大統領選における敗者が勝者を祝福するという慣習を終えた時点で誰もがそれを認めていたからだ。その意味では、メディアがそういった慣習を前提に、先取りした表現を使っていたと言えるだろう。

ファクトチェッカーの質をどう担保するのか?

 米国でファクトチェックに対して不満が出ている背景にあるのは、ファクトチェッカーを自認する人々や組織に、ファクトチェックを担えるほどの知見や能力、真実を追求する姿勢などがあるのか、という根本的な疑問である。

 もちろん、その裏にはトランプ大統領の登場によって大手メディアへの信頼が揺らいでいるという現実がある。この4年間でわかったことは、大手メディアであっても行きすぎた報道もするし、権力者などに不都合なことを報道しないこともある、ということだ。

 もっとも、それは恐らく昔からあったことだ。例えば、1989年にルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊した陰には米中央情報局(CIA)の暗躍があったということが今ではわかっている。当時、大手メディアは本当にそれを知らなかったのだろうか、という不満を持つ人々は大勢いる。

 トランプ大統領に対しても同じことが言える。民主党や大手メディアが喧伝したロシアゲート(2016年の大統領選に干渉したとされるロシアとトランプ陣営が共謀したという疑惑)も、ウクライナゲート(トランプ大統領が自身の政治的利益のため、ウクライナのゼレンスキー政権に圧力をかけたとされる疑惑)も結局はフェイクだったというのが実態である。ウ クライナ疑惑を巡ってトランプ大統領は弾劾裁判にかけられたが無実であった。

 これに対する米国民の不満は、無実の問題を大手メディアが大々的に報道していたということだけではない。真に大手メディアがこの二つの疑念の問題を信じるならば、それを最後まで追及して報道を続けるべきだという不満もある。結局のところ、民間によるファクトチェックは大手メディアのものであったとしても、疑惑を奥底まで調べたものでもなければ、事実を最後まで追及したものでもない。

 そうなると、攻撃したい人物の言動を集中的にチェックするなど、ファクトチェッカーの主観に基づくものになる、あるいは悪意のある行為にまで使われるというリスクが出てきてしまう。「世の中にとってこれほど大きな問題はない」と民間によるファクトチェックに不満を持つカリフォルニア州の弁護士は筆者に語る。

ファクトチェックとは誰がすべきものなのか?

 ファクトチェックそのものは、少し前までは、警察、検察、財務省や中央銀行、州当局の金融機関検査など公的機関が法的権限などを前提に、不正行為を正すために実施してきた。一方、これらの主体が事実確認を間違えばペナルティを受ける。

 また、公認会計士、税理士、不動産鑑定士なども、経済活動をスムーズにする目的もあって自身が関係する企業の財務内容や不動産価格などに関する事実確認を行ってきた。彼らが公的機関と異なるのは、不正行為を正すためではなく、不正行為とならないように行為者側が依頼する点にある。彼らも間違いがあればペナルティを受ける。

 一方、弁護士はファクトチェッカーとは思われていない。米国において、弁護士は依頼者のために訴訟で勝つことが目的であり、そこに真実があるかどうかは、実は重要ではないからだ。従って、日本では弁護士を「先生」と呼ぶが、米国ではそんなことはない。また、日本では依頼人のために嘘までつくような弁護士を「悪徳弁護士」と呼ぶが、これに対応する英単語はない。なぜなら、それが悪であっても依頼人の要請ならば、それを遂行するのが弁護士だとされているからである。

 これらのことは、メディアによって表に出る話ではなく、目的遂行の手段として実施されるものなので、ファクトチェックと簡単に対外発表していいものではない。

 ファクトチェックという言葉さえなかった時代の犠牲者を日本国内で挙げるとすれば、その最たる例は松本サリン事件であろう。河野義行氏は、被害者なのに加害者と報道された。一体誰がその失敗の責任を取ったのだろうか。

 今、米国ではファクトチェックを名乗ることは自由ながら、今回のオーエンス氏のように、それらをチェックしようとの動きが出始めている。

本記事の著者である酒井吉廣氏が『NEW RULES 米中新冷戦と日本をめぐる10の予測』(ダイヤモンド社)という新刊を出します。米中新冷戦に落としどころはあるのか? 米国の覇権は終焉に向かうのか? コロナ禍は米国経済にどんな影響を与えるのか? 韓国と北朝鮮は統一に向かうのか? 米国の政治経済を第一線で見続ける著者による新しい世界秩序の解説します。

 

オーエンだけど、質問ある?

 トランプ大統領が「フェイクニュース」という言葉を流行らせて久しい。それから現在までに「ファクトチェック」を自認する民間団体が世界中で増えた。これらの組織は今回の米大統領選でも活動しており、中にはメディアと連携した動きを見せるものもあった。

 一方で、ファクトチェックへの不満の声も少なくはなかった。その理由は、そもそもすべてのことについて、事実を完全な形で確認することは容易ではないということもさることながら、ファクトチェッカーが興味を持つものにだけ焦点を当て、しかも突然、何の事前通告もなしに、また事実確認の内容を第三者に確認してもらううこともなく、自分たちのファクトチェック結果を公表してきたからだ。

 こうした中で、ある会社のファクトチェック内容が逆にファクトチェックされるという事態が発生した。バイデン候補を「President-elect(就任前の次期大統領)」と呼ぶことが正しいかどうかについて、フェイスブックの資金を得てファクトチェックしてきたことで有名なPolitiFactが手がけた案件である。

 11月20日、PolitiFactは自社のファクトチェックが間違っているというキャンデス・オーエンス氏の申し立てをその日のうちに認め、同日中にファクトチェック内容を修正、11月28日にオーエンス氏自身がこの事実を発表した。

バイデン候補を“President-elect”と呼ぶのは間違い

 PolitiFactは、米国でファクトチェッカーとして活動している団体で、いわゆる自称ファクトチェッカーの一つだ。同社自身は「第三者的な立場のファクトチェッカー」としてフェイスブックにサービスを提供していると説明したらしいが、事実ではなかったようだ。最初は第三者的な立場だったが、活動内容が認められてフェイスブックから資金支援を受けたということらしい。

 すべての具体的な活動は公表されていないが、現在もフェイスブックが投稿内容のファクトチェックする際に、事実確認サービスを提供している模様だ。

 恐らく、こういった関係もあり、バイデン候補をPresident-electと呼ぶことが正しいという判断を下したのだと想定される。この呼び方に、トランプ陣営や同大統領の支持者、さらに憲法学者や米大統領選を研究する学者から批判が上がったのだ。

 こうした中で、ワシントンDCで、コメンテーターや政治アクティビストとして活動していたオーエンス氏が、弁護士を雇ってPresident-electという呼び方がファクトかどうか、ファクトチェックを行った。

 彼女は保守系の人間ではあるが、筆者の知る限り、トランプ支持者とまでは言い切れないと思う。ただ、彼女が中立的立場から行動したのか、それとも保守の立場から行動したのかは、現段階ではわからない。

 なお、彼女が発表した内容によれば、今回の動きは、彼女の不服申し立てに対して、フェイスブックが改めてファクトチェックを実施した上での結果である。

バイデン候補を“President-elect”と呼んではならない理由

 米国の大統領選は、日本人にはわかりづらいといわれる。日本には米政治の専門家も数多く存在するが、このような細かい制度まで研究する人は日本にはいないだろう。さすがに他国の話なので、そこまでする必要もないのも事実である。

 一方で、米国の大統領選挙が(1)一般投票で州ごとに選挙人を選び、(2)その選挙人が大統領をどちらにするか投票するという二段階形式をとっている以上、この制度を無視した発言は事実ではない。

 今回の大統領選で言えば、12月14日に選挙人が大統領と副大統領のペアを投票する。今、トランプ陣営が訴訟などを起こして揉めているのは、この選挙人投票を阻止するか、または一般投票の結果を逆転させることで選挙人投票を自分に有利にするか──のどちらかに賭けているためである。

 この選挙人による投票の結果は1月6日の下院で確定される。仮に12月14日にトランプ大統領もバイデン候補もどちらも過半数の270票を取れなければ、1月6日に下院議員が大統領を選ぶための投票をする。

 今の選挙結果によるドタバタは1月6日までの時限付きなのだ。

 従って、本稿執筆時点(12月2日)では、バイデン候補にPresident-electという表現を使うのは正しくないというのが、全米のほぼすべての憲法学者などの意見だと言うことができる。これは、トランプ大統領が訴訟しているかどうかは関係なく、仮に勝利宣言をしていたとしても同じである。

 では、なぜこれまではPresident-electという呼び方が許されたのか。前回の大統領選では、11月下旬の段階でトランプ大統領をPresident-electと呼んだメディアがあった。これは2008年の選挙で勝利したオバマ前大統領も、2000年に勝利したブッシュ元大統領も同じだ。

 その答えは、今回と違って、大統領選における敗者が勝者を祝福するという慣習を終えた時点で誰もがそれを認めていたからだ。その意味では、メディアがそういった慣習を前提に、先取りした表現を使っていたと言えるだろう。

ファクトチェッカーの質をどう担保するのか?

 米国でファクトチェックに対して不満が出ている背景にあるのは、ファクトチェッカーを自認する人々や組織に、ファクトチェックを担えるほどの知見や能力、真実を追求する姿勢などがあるのか、という根本的な疑問である。

 もちろん、その裏にはトランプ大統領の登場によって大手メディアへの信頼が揺らいでいるという現実がある。この4年間でわかったことは、大手メディアであっても行きすぎた報道もするし、権力者などに不都合なことを報道しないこともある、ということだ。

 もっとも、それは恐らく昔からあったことだ。例えば、1989年にルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊した陰には米中央情報局(CIA)の暗躍があったということが今ではわかっている。当時、大手メディアは本当にそれを知らなかったのだろうか、という不満を持つ人々は大勢いる。

 トランプ大統領に対しても同じことが言える。民主党や大手メディアが喧伝したロシアゲート(2016年の大統領選に干渉したとされるロシアとトランプ陣営が共謀したという疑惑)も、ウクライナゲート(トランプ大統領が自身の政治的利益のため、ウクライナのゼレンスキー政権に圧力をかけたとされる疑惑)も結局はフェイクだったというのが実態である。ウ クライナ疑惑を巡ってトランプ大統領は弾劾裁判にかけられたが無実であった。

 これに対する米国民の不満は、無実の問題を大手メディアが大々的に報道していたということだけではない。真に大手メディアがこの二つの疑念の問題を信じるならば、それを最後まで追及して報道を続けるべきだという不満もある。結局のところ、民間によるファクトチェックは大手メディアのものであったとしても、疑惑を奥底まで調べたものでもなければ、事実を最後まで追及したものでもない。

 そうなると、攻撃したい人物の言動を集中的にチェックするなど、ファクトチェッカーの主観に基づくものになる、あるいは悪意のある行為にまで使われるというリスクが出てきてしまう。「世の中にとってこれほど大きな問題はない」と民間によるファクトチェックに不満を持つカリフォルニア州の弁護士は筆者に語る。

ファクトチェックとは誰がすべきものなのか?

 ファクトチェックそのものは、少し前までは、警察、検察、財務省や中央銀行、州当局の金融機関検査など公的機関が法的権限などを前提に、不正行為を正すために実施してきた。一方、これらの主体が事実確認を間違えばペナルティを受ける。

 また、公認会計士、税理士、不動産鑑定士なども、経済活動をスムーズにする目的もあって自身が関係する企業の財務内容や不動産価格などに関する事実確認を行ってきた。彼らが公的機関と異なるのは、不正行為を正すためではなく、不正行為とならないように行為者側が依頼する点にある。彼らも間違いがあればペナルティを受ける。

 一方、弁護士はファクトチェッカーとは思われていない。米国において、弁護士は依頼者のために訴訟で勝つことが目的であり、そこに真実があるかどうかは、実は重要ではないからだ。従って、日本では弁護士を「先生」と呼ぶが、米国ではそんなことはない。また、日本では依頼人のために嘘までつくような弁護士を「悪徳弁護士」と呼ぶが、これに対応する英単語はない。なぜなら、それが悪であっても依頼人の要請ならば、それを遂行するのが弁護士だとされているからである。

 これらのことは、メディアによって表に出る話ではなく、目的遂行の手段として実施されるものなので、ファクトチェックと簡単に対外発表していいものではない。

 ファクトチェックという言葉さえなかった時代の犠牲者を日本国内で挙げるとすれば、その最たる例は松本サリン事件であろう。河野義行氏は、被害者なのに加害者と報道された。一体誰がその失敗の責任を取ったのだろうか。

 今、米国ではファクトチェックを名乗ることは自由ながら、今回のオーエンス氏のように、それらをチェックしようとの動きが出始めている。

本記事の著者である酒井吉廣氏が『NEW RULES 米中新冷戦と日本をめぐる10の予測』(ダイヤモンド社)という新刊を出します。米中新冷戦に落としどころはあるのか? 米国の覇権は終焉に向かうのか? コロナ禍は米国経済にどんな影響を与えるのか? 韓国と北朝鮮は統一に向かうのか? 米国の政治経済を第一線で見続ける著者による新しい世界秩序の解説します。

 

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